私の発明自慢

私の特技を自慢します.
作り重ねたアイデアと発明が特技です.
そして私のアイデアを学会に出す場が見つからぬ今、それでも皆さんに褒めて欲しくて今回は元素変換、万有引力発生、質量から常温によるエネルギー獲得と貯蔵について記事にします.
そんな大儲けできそうなことをなぜ公開してしまうのかきっと皆さんには不思議でしょう.
マユツバとみられ、いぶかしがり怪しまれるより、信用度のある学会になぜ出さぬのか不思議でしょう.
今の学会はできて当然の論理に従って、確実な実験データを重ねることで生活費を得る博士という職業人の集まりからできています.
確かなデータをバッグに入れた職業人とは毛色が違うアイデアの売込みにはまるで詐欺常習犯が来たかのように村八分、当たらず障らず見ぬふりをされてしまいます.
投稿は20本以上しましたが、結局、査読のある論文には受理されずじまいです。
それでも学会に出す場が見つかれば、アイデアを学会に出したかったし、アイデアの公開から実験費くらいは手に入れたかったのですが、研究生活が出来そうもない現状なので、人類のアーカイブに残し引き継がれるようにここに公開するのです.

物理学に見逃されたあたらしい現象に気が付きました.

それは従来の論理ですでに知られた現象を別のモデルで述べようと無駄なあがきをしているのではありません.

無駄なあがきとはたとえればルービックキューブの一瞬でそろえられるチャンピョンに挑む素人、やっと数日かけて一回だけ全面をそろえる素人にたとえられます.

モデルを変え、同じ学問体系から構築した解は、遠回りでしかありません.

遠回りをわざわざ選ぶのは素人の間抜けな行為です.

見逃した新しい現象がなければ、私の出る幕はありません.

 

見逃した現象とはトンネル現象の物質波の界面のふるまい、とくに位相が変動するかしないかで起きる力の存在です.

このような力の存在はいままで見逃されてしまっていたのです.

 

物質波の位相の変動において検索すると、トンネル現象のほかにはフラウンホーファー回折という現象があります.

その二つの現象のどちらにも位相の変動によって復元力が発生し安定点に向かう力が存在していました.

それは観察者の目には最小作用の原理とうつることがわかりました.

 

結論として、それをしらせるための記事です.

ところで歴史を見ると人類は文化を継承し有効利用してきました.
ところが特許権や著作権は次世代や後発国の文化継承を妨げます.
特許や著作権は次世代の文化継承や後発国の社会の発展の妨げです.
わたしは文化の発展を引き留めたり、他人の足を引っ張ることなく兄弟の一人として人類の発展を促進したいのです.
だから著作権特許権は得た事もなく、それらの収入は全く得ていません.
ちょっと惜しくもありますが.
そういう意味で学会に発表をわたしにとっては大きな私費と生活の大半の時間を投じて進めてきたのです.
たとえば卸商行為は先行して占有した物を世のため人のため利他をもっとうに正当な価格で腐らせる前に売らねばなりません.
ところがまるでコロナウィルスの肺炎騒動を機会にマスクを買い占め、法律に禁止された転売すると同じ構図が著作権と特許権にあるのです.
というわけで学会活動も特許権の取得もわたしの矜持にはそぐいません.
自由主義世界とはいえ、商行為は利他、世のため人のためを柱にすえるのが基本です.
たとえば紀伊国屋文左衛門は買い占めたミカンを江戸の庶民に売り巨万の富を得ましたが、ミカンという食材を腐らせることなく、庶民の手に届く価格で配ったのです.
ところが著作権特許権は90%以上が休眠し周辺特許と呼ばれて使用されずに腐っています.
腐らせてしまうと公共の利益、人類の富に反する大罪です。
利他、世のため人のためにならぬ行為です.
そしてアメリカに日本人が旅行できぬ時代に、特許申請の楽なアメリカへ行き、出し抜き、抜け駆けの特許を利己的に得たものがいる.
当時私は4歳から5歳のころらしい.
年端の行かぬ私には不可能な利益を彼は世代間格差を利用して不平等に得たのです.
実に許し難い行為です.

4歳の私は熱帯魚の水槽の掃除に水を掻き出そうとサイホン現象を利用しているのをみて、原理を聞いた瞬間にその特許と同じアイデアを叔父に進言した.
誰でも思いつく4歳でも思いつくのに特許になってしまったのだ.

その次にレコード盤から一生懸命埃を拭ってレコードプレーヤーに載せるのを見て、ジャケットに穴をあけ、その穴から、その前もってすでにジャケット袋の中に綺麗に用意しておいたレコード盤にピックアップを載せようと家族に進言した.
これもまた同じ人物が巨万の富を得た特許だが、だれでも考えつくし、世代間の不平等の事例だ.

幼稚園に私が通う前の話だ.
日本橋人形町(芳町)の家の並びに当時モグサ屋、お灸用材料の乾燥したヨモギのモグサの卸問屋があった.
もぐさってしらないかな?
お灸の燃料にするほしくさだよ.
お灸で疲れや体の痛みを癒す民間療法が昔はよくこのまれたんだ.
モグサ屋の数名が縁側でお灸のやけど跡がつくせいで、これからはモグサの商売が廃れそうだと嘆いていた.
これを聞いた当時4,5歳の私はモグサを銅のコインに載せコインを瀬戸物に載せていれば、熱くても瀬戸なら持てるほどだからやけどにはならないよと持っていたおこずかいのコインで形状を真似て見せながら彼らにしゃべった.
そうせんねん灸の構造だ.
売り出されたのはずっと数年後だが、せんねん灸は私のアイデアだ.

モグサ屋に面白いと言われたのだろう、調子に乗った私はいい気分で、モグサ屋たちに接着剤や歯磨き剤チューブの皺を作らぬように、紙と金属箔を多重な層状に重ねて接着した素材のチューブにするアイデアもいった.
現代のチューブにはそのようなチューブが多い.

幼稚園の頃のことだ.
わがやの店に東京通信工業のお兄さんがテープレコーダーを設置しにやってきた.
音楽だけでなくテレビも録音してほしいと私がいったら、お兄さんはこのリールに巻き切れないほどの長いテープが必要になってしまうといった.

私はテープレコーダの録音ヘッドを指さしそのころよく遊んでいた独楽を回すそぶりをしながら斜めにとびとびに重ねればその長さは節約できるといった.
「ちいさい君が思いつくほどだから実現できるかもしれない.」と工事に来たお兄さんは答えた.

ビデオレコーダはフライングヘッドという独楽のようにまわる回転ヘッドを実装して売り出された.
だから私のアイデアだ.
数年たち小学生のころの金持ちの友達の家にまだアメリカ製の鉄ワイヤを使った録音機のある時代のわたしのアイデアだ.


小学生になって2年か3年生のころ、銀座にソニービルがあった.
父とソニービルに行くと、展示説明員のおじさんが3点三角頂点配置のドットを使った3原色によるカラーテレビの説明をしていた.
ひろいマスク面積を小さくできたのでだんぜん明るいテレビに改良できたと説明する.
わたしは展示説明のおじさんにその場で自分の両手の指を使って、櫛歯を交互に挟むしぐさを見せながら、こう並べれば無駄が無いからそれよりももっとずっと明るいといった.
それはトリニトロンになって、数年後に売り出された.
私が東京通信工業、ソニーにあげた2つ目のアイデアだ.

大学生になって電機大学の向かいに理想科学工業という10畳一間ほどの小さな店があった.
そこでは営業用コピー印刷機の機械程の大きいストロボ光源で孔版を現像しTシャツに面白い柄を印刷していた.
まさか大企業とは思わずに、「その孔版を単三電池3本ほどを使い、私の知っている小さなフラッシュキューブを応用する装置を実現してほしい」と私はいった.
「面白い学生だうちで働きなよ」と誘われた.
すると数年たって、私の述べた機構を実現したプリンとごっこというものが1万円ほどで売り出された.
まさにスイッチの電極構造が私のアイデアだ.

もうひとつ大学生になったばかりのことだ.
ナショナルのステレオラジカセを東京音響という会社の製品による現代には珍しくない形状の秋葉原で見つけ出したイヤホーンで楽しみながら、自慢したくてわざと音を漏れさせながら、営団東西線に乗って大学へ通学していた.
それなんだいと聞いてくれた歳のころさんじゅうごろくの乗客がいた.
「あんまり音がいいからみせたいんだ」といいながら、彼の耳にイヤホーンを入れて音の良さを自慢した.
従来ソニーになかったイヤホン形状のウオークマンがそこから生まれたはずだ.

友人がソニーの学生重役というインターンから社員になった.
製品アイデアが欲しいという.
携帯ビデオカメラにドイツのカールツアイスやライカのレンズをマウントできる様に提携したら良いと提案した.
電池が長持ちするようにファインダーモニターの光源を太陽光にしようと提案した.
実現した.


自慢を並べた、でもわたしは無一文だ.
特許からは何の恩恵もない.
そのあと職場でも大きい発明をいくつかしています.
たとえば三枝所長という上司がわたしの案を知らぬ間に誰かに譲りかわりに道路鑑という局長級に昇進したそうです.
それは環状7号線の地下に貯水池を作り豪雨災害から都心を守るという、夏に起きた目黒川、神田川の逸水被害の数日後に私がだした案です.
塚嵜先輩が所内見回り諸国漫遊中の所長に新人が大法螺を吹いたと言いつけたのが所長に盗まれる発端でした.
所長はもろ手を挙げ、ガッテンのポーズしたり、両手で拍手して喜んでくれました.
褒めてくれたり、アメリカ旅行にちょっと連れて行ってほしかったのですが、なんの褒美も飴すらも無かったです.
他にも多数あります。
これらのあいであはどれもこれもが問われた瞬間1秒とかからずに生まれでてきたのです。
ところで手塚治虫のブッダという漫画に旅に疲れお腹を空かしたブッダをもてなすために、焚火に身を投げたウサギのはなしがありました.
実存する法話の一つが題材なのでしょう.
私はうさぎには決してなりたくないが、爪の先位なら焚火に触ってもと思っています.